日本国民の哲学の復活

日本国民の哲学の復活

自民党圧勝に終わった参議院選挙でした。しかし、今日の、今現在の日本の中小零細企業は、本当に景気が回復していないものを感じます。まして、この状況下で消費税が上がったらと考えるだけでぞっとします。9月に経済状況をよく検討した上での、安倍内閣の判断が出るといわれておりますが、まだ他に優先課題が残っている様に思えます。何よりも、景気の実体回復を希求したいものです。

 

さて、所長の目線の先に何が見えるか。やはり、その真実の姿を求めたくて、再び所長のつぶやきを再開することにしました。

 

今の日本で一番欠けるもの。それは何よりも日本国民という、世界でも優秀で思慮深く謙虚といわれてきた、日本国民の「誇り」の欠如ではないでしょうか。

 

私は、そのキーは日本国民の哲学の復活にあると信じたい。理念といってもよいかもしれませんが。人としての尊厳とは何か?と問われて、金か、名誉か、地位かと問われてきた時代もありました。そうした近代日本では等しく、日本国民としての誇りと志は高かった様にも思えます。

 

今の時代に目を転じてみましょう。TV、新聞では殺人、強盗、人為的非人為的にせよ事故の数々。そんなおよそ「志」とはかけはなれた報道の数々を垣間みます。報道の自由の下に、堕落した報道のあり方、報道に身をおく人の何と常識の欠落したこと。娯楽番組では、これでもかこれでもかとラッシュのバラエティー番組。故大宅壮一氏が言った一言、「TVは一億総白痴を作る」といったことばが忘れられません。

 

これからの私を含めての日本人のゆくえを決定するものは何か。それは、国民の意識の高さが全てを解決する決め手になると思えます。

 

私は、時代を超えて二千五百年も昔の思想家である孔子の言葉を集めた「論語」を読んで、本当の生き方とは何かを求めてみたいと思います。

 

2013年8月1日 盛夏